人的資本経営やジョブ型などのワードが人事の今日的トレンドとなっていますが、その前に自社は「年功的な人事制度・人材マネジメントをどうにかしなくてはならない」と考えている中堅・中小企業の経営者、人事担当者の方は多いと思います。
そこで、今回はその年功要素を軽減し、今日的な人事のトレンドにも対応するための考え方をコンサルティング経験に基づいて解説します。
職能資格、役割、職務型など制度の種類そのものが年功序列の真因ではない
職務(ジョブ型)・役割型人事制度の導入が年功的な昇進・昇格と不随した総額人件費の上昇を解消する有効な手段の1つとして注目されていますが、これらはあくまでも手段にすぎません。
実際には、職能資格型、役割型、職務型の人事制度の種類自体が直接的に年功的要素を生み出すわけではありません。真の問題の所在は、人事制度をもって分担される「組織役割・業務役割」や「その責任」の明確性と運用方法にあります。
役割区分 | 説明 |
組織役割 | 事業部、部、課やプロジェクトなど明確に経営計画や組織に基づき分担・区分される役割。 |
業務役割 | 上記より詳細な業務単位で分担される業務の集合体から構成される役割。明確な結果責任や遂行義務は 定義されないこともしばしばある。 |
よくやり玉にあげられる職能資格型ですが、能力レベルに基づき担う役割・業務が明示されていれば、実は年功的な人材マネジメントとはなりせん。また、よくある一般的な職能資格型の認識は、「獲得した能力は低下することは無い」という前提がありますが、実際には発揮能力が低下することはあり得ます。
例を挙げるならば、過去に標準的な能力を保有していた従業員が、50代以降・再雇用後もその能力を発揮し続けることはできるでしょうか。もっと平易な例を挙げるとすれば、スポーツ選手は生涯現役になりえるでしょうか。また、一般的な業務を行う文系従業員が学校時代に獲得した数学の知識を今も学生時代と同じように使うことはできるでしょうか。
そのことを加味した上で、職能資格型の制度と適正に運用するのであれば、定義された職能に基づいて能力レベルを都度適正に判定し、レベルに応じた役割・業務を適正に割り当てれば、年功的な人材マネジメントとはならないはずです。
これを行わず、年齢や勤続年数をもとに自動的な昇進・昇格を行った結果が、年功序列を招いたに過ぎないのです。役割型や職務型でも同様で、適切に運用されなければ同じ結果となります。ただし、年功序列を維持すること自体が、必ずしも悪とはいえません。
例えば従業員視点での「勤続年数の長さに応じて、一定程度自動で昇給するという安心感を醸成する」という目的や、会社視点での「評価項目として明文化しにくい暗黙知(作業感覚レベル)の技能を蓄積する」という目的から、一定の年功序列を残すことは正解の1つといえます。
とはいえ、パフォーマンスによらない総額人件費の増大を防止するためや、優秀者への適正配分を実現するためには、年功序列の抑制は必要です。不本意な年功序列に陥らないようにするための解決策の1つは、階層ごとの組織役割・業務役割を明確化することです。
階層分けの基準を明確化
階層ごとの組織役割・業務役割を明確化にするためには、まず分かりやすいシンプルな構成で考えることをお勧めします。シンプルな人材マネジメントの視点に立つと、階層の区分は3つになります。
具体的には、経営層、管理職層、一般層の3階層であり、大枠の組織役割・業務役割は、以下の通りです。
階層区分 | 組織役割・業務役割の説明 |
経営層 | 会社全体の方向性を定め、戦略を策定し、組織を持続的に成長させるための最終責任を担う層。 |
管理職層 | 会社の方向性に応じた戦略を部門やチームで実行に移し、結果を出す責任を担う層。 |
一般職層 | 主に日々の業務を効率的に遂行し、チームや部門の目標達成に貢献する層。 |
この3階層自体を自社の指揮命令系統、機能別の責任分担などの組織設計に応じ、カスタマイズしたものが等級制度における等級数となります。
人事制度設計・運用がうまくいっていない企業では、組織設計から外れた賃金視点で等級数を定めていることが多いです。ありがちな失敗は、賃金の昇給の階段を作るために、過剰に等級数を増やしていることです。そのような過剰な等級数が設定される場合、「等級ごとに担うべき組織役割・業務役割が等級間で重複する」「そもそも等級間での分担が不明確である」パターンがよく見受けられます。結果として等級格付け、評価ともに明確な基準で行うことが難しいために「この年数やっているからこれくらい」という曖昧で年功的な評価、昇進・昇格運用に陥っている企業も多いです。
増えすぎた等級数を適正化するためには、シンプルな3階層の視点で自社の等級を見直し、組織役割・業務役割の重複を無くすことをお勧めします。そのように設計され適切な等級数が定められると、各等級に求める役割を会社⇔従業員間で共通認識としながら運用することができます。
経営層・管理職層は、組織役割(結果責任、遂行義務)が明確
階層分けを行う際には様々なフレームワークを用いますが、特に重要となるのは「結果責任」と「遂行義務」の視点です。経営層・管理職層は、組織役割として「結果責任」と「遂行義務」を担うことになるため、どのような人事制度・表現でもそれを明記していれば問題は、発生しづらいです。
その際のポイントとしては組織内で共通認識を持てるような粒度で「結果責任」と「遂行義務」を定義することです。多くの企業で、経営層・管理職は、部門やチームの目標達成に直接責任を負うという組織役割となるため、その「結果責任」と「遂行義務」の分担を組織設計と合わせて行うと良いでしょう。
ここで重要なのは、定められた業務を管理するだけでなく、結果を出すためのプロセスである計画・その実行度にも責任を持つことを明確に定める点です。 管理職には、計画を実行するための人員数と総額人件費の管理、状況に応じた業務プロセスの変更、チームのパフォーマンスを向上させるための指導や調整など多様な役割が求められるためです。
このように自社の経営層・管理職に適切な組織役割を付与した上で適切に運用を行えば、年功的な評価、昇格・昇進、付随する賃金上昇などを抑制した人材マネジメントを実現することが可能になります。
一般職層は、組織役割を持たないため、結果的に年功序列になりやすい
一般職層は、多くの企業では明確な組織役割を持たず、業務役割のみを持っています。また、その定義も「補助業務・定型業務・非定型業務」などの粗い粒度で定められていることがほとんどです。
その結果として生じる年功序列は、ほとんどの場合、以下の2パターンに属します。
1つ目は「補助業務をこの程度の年数やったから、次は定型業務もできるはずだ」と安易に年功的に昇格させるパターンです。
2つ目は「補助業務・定型業務・非定型業務が自社の業務の中で何を指すか定義されていない」「各業務がどれに属するかは属人的な管理者の判断に委ねている」という前提があり、その全体調整を行う過程で年功序列となるパターンです。この場合、組織全体の調整が難しいが故に、最終的に年数に基づき最終決定するという判断を行った結果として年功序列が発生します。
一般職層に年功序列を行うこと自体が「悪いか否か」の論点ついては、企業ごとに判断が分かれるため本コラムでは触れず、その解消方法を紹介します。
シンプルな解消方法は、「どの業務をどの等級が担うべきであるというガイドラインを等級制度or評価制度orその他業務運用プロセスでルール化する」という手法を取り、運用プロセスでも組織全体に共通認識を持たせることです。
筆者のおすすめは、社内で伝わる程度の細かすぎない粒度で業務を定義し、「業務の難易度」×「その業務範囲の広さ」の積で一般職層の等級格付け、業務割り当てに活かす方法です。
さらに詳細に定義する場合は、管理職層同様に業務ごとに「結果責任」と「遂行義務」を持たせることで、より明確な業務遂行に役立てる方法もあります。しかし、中小企業の場合は、業務単位まで細かく業務を明確に定義できない場合や、定義すること自体が負荷にしかならない場合もあります。
何故ならば一般職が担う業務役割とは、管理職が持つ組織役割に比べ粒度が小さな物であり、それは経営計画や外部環境に応じて都度変わるためです。特に中小企業は取引先を含む外部に対し敏感に業務変更を行う必要があり、その柔軟性を加味しない詳細なルール化は意味がないと筆者は考えます。
ただし、どんな企業であっても詳細な業務プロセスの中に、その企業の競合優位性や強化することで更なる躍進を測れる要素が存在しているため、抜本的な人材マネジメントの変更を検討する際に「業務の種類」と「業務の難易度」を大枠で明確化することは十分に価値があると筆者は考えます。
組織に不要な役割・役職を作らない
さらに年功的な要素を排除し、組織効率を向上するためには、不要な組織の役割・役職を増やさないことも重要です。役割・役職は、経営計画や組織業務や責任に基づいて設定されるべきであり、形式的な業務・立場を作りだすために設けるべきではないということです。
代表的な例を挙げると、「課長代理等をはじめとする代理職」、「係長などのリーダー職」にその危険性が含まれています。
代理職、リーダー職の双方に共通する要素は、管理職の持つ組織役割を持たないという場合がほとんどである点です。かつ「この代理職・リーダー職には何を担わせるのか?」が不明確または存在しない場合に、本来必要ない形式的業務を担わせている場合すら見受けられます。具体的に例を挙げるならば、従来は5人のメンバーと1人のマネージャーで運営されていた組織に、1人のリーダーを追加するとどうなるでしょうか。リーダーが担う業務を無理に作り出すことになるはずです。
仮に上記のような代理職、リーダー職を維持する場合は、「組織再設計の上で、必要な組織役割を持たせる」「組織役割を持つマネージャーへのステップとして、限定的な抜擢対象を登用・育成するためのみに設け、配置する」という策を講じると良いでしょう。筆者のコンサルティング経験では、後者の場合を除いて、組織効率と合理性を重視するため不要な役職を廃止する企業が多いです。
運用も見据えた会社・従業員間の共通認識が重要
人事制度や人材マネジメントの設計だけでなく、運用段階での共通認識も重要です。優れた人事制度や人材マネジメントの方式を設計・導入しても、従業員全体がその意図や運用方法を理解していないと有効性を発揮しません。前述した通りに組織役割・業務役割を定義した人事制度の場合でも、従業員自身が組織役割・業務役割を正しく認識し、自ら考えて行動できる状態にしてこそ、その機能通りに動くということです。
そのためには、まず全体に対し「各等級、役職にどんな組織役割・業務役割を求められて、どのような成果を担うのか」を共有することが大切です。そうして「成果を成した際には、処遇に具体的にどう反映されるか」まで説明することで、社員を動機づけ、行動変容を促すことができます。
結局、運用にあたっては、会社が期待する組織役割・業務役割を明確化した上で、従業員への説明や研修など導入準備をしっかりと行うことが成功のカギとなります。
まとめ
年功的要素を軽減するためには、人事制度の種類よりも、「組織役割・業務役割」と「その責任」の明確化とその運用が重要です。職能資格型でも、役割型や職務型でも、正しく定め、運用されれば問題は生じません。
その中で最も重要なものは、会社・従業員間で共通認識を持ち、その上で成果や貢献度に基づいた評価を行い、処遇まで反映していくことが重要です。
また、そもそもの全体設計の視点として、従業員へのインセンティブと組織合理性の双方で設計を行うことが重要です。合理性のみを重視して設計を行った場合には、従業員とのハレーションが生じ、組織全体のパフォーマンスが低下する可能性があります。
このような全体視点のもとでしっかりと自社の将来ありたい姿を捉え、慎重に人事制度・人材マネジメントの方向性を設計していくことが本質的な年功要素の見直しのポイントです。