宿泊業界の現状と経営課題
新型コロナウイルス感染症の拡大など宿泊業を取り巻く環境は大きく変化していました。激動な中勝ち抜くためには人の力を活用し、十分に発揮させることが不可欠です。
(1)宿泊業の経営課題
近年、深刻な経営課題を抱える宿泊施設や企業が増えてきています。
- 人口減少に伴う労働力不足
- テクノロジーの発達に対応したDX化への適応
- 施設の老朽化への対応とアップグレード
- サステナビリティへの対応 等
特に、①人口減少に伴う労働力不足に関しては深刻化しているケースが多く見られています。帝国データバンクによる、人手不足に対する企業の動向調査(2023年4月)では、全業種で1位の75.5%の企業が人手不足と回答しています
また、テクノロジーの発達や施設の老朽化に対応するための設備投資やサステナビリティへの対応も課題としてある他、インバウンド需要増加に対応するための採用投資や教育投資といった多くの数多の課題があります。
宿泊業が取り入れるべき職種別人事制度
多くの課題があるなか、人の力でいかにして差別化を図り、実現していくかが重要となります。その上で、宿泊業においては職種別の人事制度を取り入れることを推奨します。
- 制度全体の土台となる等級制度は、職種別、階層別に役割の違いを明確にする
- 仕事の結果が反映される賃金制度は、職務価値や職種間格差を意識して設計する
- 役割の結果を測定する評価制度は、等級制度で定義された内容に応じて職種別に設計する
(1)職種別人事制度の土台となる等級制度
①社員を区分けする職種の検討
職種別の人事制度を構築する場合には、土台となる等級制度の構築から始めます。その中で、まずは新たに構築する制度において職種として定義するものを検討します。
- 業務内容に基づく分類
客室清掃、フロントスタッフ、調理スタッフ、施設管理等の業務内容や役割に応じた分類 - 専門領域に基づく分類
ホテル、旅館、民泊等の特定の宿泊施設タイプに基づいた分類 - 組織の戦略や目標に基づく分類
顧客満足度向上チーム、収益最大化グループ等の組織の戦略や目標に合わせた分類
この中で、宿泊業においては①業務内容に基づく分類を採用することを推奨しています。
②職種別の等級数を検討する
職種を定めることができたら、次に役割の段階を示す等級の数を検討します。等級数は職種別に役割や責任の範囲を明確にし、その単位を等級数として定めることになります。
(2)職種の違いを反映させた賃金制度の構築
職種別の賃金制度を構築する際は、ベースとなる職種の賃金を先に設定した上で、職種別の考え方を反映させるとスムーズに構築できます。
- ベースとなる職種で世間相場を下回らない設計を意識する
- 職種別で仕事の重要度や影響度の違いを定量化し、基本給表に反映させる
- 職務の違いを賃金に反映させるため、職務関連手当の充足を意識する
特に、①ベースとなる職種で世間相場を下回らない設計を意識するに関しては、宿泊業全体の経営課題としてある、人材不足を解消させる重要な要素です。そのため、世間相場を意識した賃金設計を心がけることを推奨します。
(3)職種別の成果を測定する評価制度を構築する
- 等級制度で定めている役割と対応した評価項目を設定する
- 同様の評価項目を採用した場合には、等級間、職種間で異なるウェイトを設定する
等級制度には会社から社員に求める役割を記載しています。人事評価を行う際に等級制度と関連性の低い評価項目が設定されてしまうと、求める役割の成果を正しく測定することができなくなってしまいます。そのため評価項目から等級制度で定義している項目に最も近いものを自社オリジナルの評価項目として定め、評価することが望ましいと言えます。
- 業績評価:
仕事の成果を定量的に評価する評価項目 - 目標管理:
被評価者自身が目標と評価基準を定め、定量的に評価する評価項目 - コンピテンシー:
経営者が想定する優秀者の行動特性を定義し、定義した内容に対して実際の取り組みが見られたかを評価する評価項目 - プロセス評価:
会社が社員に求める取り組み姿勢や能力を定め、結果を評価する評価項目
職種別人事制度を構築したA社の改定事例
(1)働き方と処遇の連動性が低く社員定着が図れない人事制度
A社は特に人材不足が大きな課題となっていました。特に働き方の違いを処遇に反映させることができず、サービススタッフ、調理職、間接部門等の複数の職種の社員に対し、会社として求めるものが一律でないことから、社員からすると納得感の低い制度となっていました。地元でも有名な宿泊施設であることから一度は入社しても、社員定着が図られなかったため、人事制度全体の見直しを行うことになりました。
- 単一の等級制度になっており、働き方の違いを等級として定められていない
- 専門性の高い社員ほど、自らの将来に魅力を見出せずに短期間で退職してしまう
- マネジメント能力が不十分な状態で管理職に昇進させている
- 個別賃金項目において、働き方の違いが反映されない仕組みになっている
- 降給する仕組みが無く、役職を外れても基本給が変わらず高止まりになっている
(2)働き方の違いを反映させた納得感のある等級制度の構築
上記の中で、①②③は単線型の人事制度としていることから生じている課題であり、その働き方の結果を賃金に反映させるため、まずは等級制度の見直しから始めました。
制度改定前はサービススタッフ、店舗管理者、間接部門、施設・設備部門、調理職と多岐に渡る職種を、同一の基準で作られた等級制度で段階を示していました。その中で、特に違いがあるのは調理職であると定め、調理職を専門職として定めた2コース制の複線型等級制度を構築しました。
(3)年齢・能力基準の給与体系から役割基準の賃金制度に改定
新たに定めた基本給は、1~3等級は職種間の金額に違いは設けず、4等級以上で格差を設けています。これは一定以上の役割を担う社員や経験を保有する専門職を確保し、活躍させる狙いがあります。メッセージ性も意識し、同一等級で10%の格差を目安にしました。また、専門職の7等級には総合職の6等級を上回る金額を設定し、専門職としての成長意欲を醸成することにしています。
(4)職種別、階層別に細かくウェイトを設定した評価制度
評価項目は全ての職種、階層にプロセス評価と目標管理を採用しました。プロセス評価には、会社が求める基本となる取り組み姿勢や意欲を示し、どの程度体現できていたかがサービス業として必要な要素であるという意味合いを持たせています。
また、目標管理については、お客様に対してどのような取り組みを行うことが好まれるかを社員自身が考え、形にしてほしいという想いから、主体性を育みたいという意味合いを持たせています。
階層別に重要なポイントが異なるため、項目別に細かく評価ウェイトを設けています。
例えば、総合職と専門職の管理職層の違いを見ると、事業を牽引する総合職は経営意識を高く設定する一方で、専門職には新たな料理メニューの開発を求めるために、企画・開発の評価ウェイトを大きく設定しています。また、目標管理も業績指標を定めるため、総合職の方が高くなっている、という違いを設けました。 評価制度を見直したことで、会社が社員に求めるものを定義できた以外にも、職種・階層別の役割の重要度を詳細に伝えることが可能になったため、納得感の高い制度構築ができました。
- 総合職と専門職を定義できたことで、社員のキャリア志向を育むことができた
- 専門職の目指す道筋やポジションを明示できたため、調理者の定着に繋がっている
- 上位者に高い処遇を実現する仕組みにできて、賃金の納得感が高まっている
- 職種別に評価する仕組みが無かったが、細かく構築できているため、評価する側、される側ともに納得感をもった評価運営ができている