小売業における3つの経営課題
- 外的要因を起因とする消費意欲の低下
- 価格競争や高い固定費による利益率の低迷
- 人手不足の深刻化と最低賃金上昇への対応
(1)外的要因を起因とする消費意欲の低下
内閣府の「消費動向調査」によると、コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年から2023年にかけて、消費者態度指数が急激に低下しました。2023 年には雇用環境が回復傾向にあるものの、物価上昇により実質賃金は低迷しており、生活必需品や耐久消費財の消費者マインドも冷え込んでいます。これにより、アフターコロナにおいても小売業は厳しい経済環境に直面しています。
(2)価格競争や高い固定費による利益率の低迷
小売業は、激しい価格競争と高い固定費により利益率が低迷しています。大手から中小まで多くの企業が参入し、価格を下げることで顧客を取り込もうとする戦略が一般的です。この価格競争が利益率の低下を招いています。また、在庫リスクが高く、売れ残りや季節性の影響で大幅な値下げを余儀なくされることがあり、これが利益率低下の要因ともなっています。さらに、家賃や人件費、設備費などの固定費が高いため、売上が低迷するとこれらの固定費が利益を圧迫します。
(3)人手不足の深刻化と最低賃金上昇へ の対応
少子高齢化を背景に全業種で人手不足が進行しており、小売業も例外ではありません。パーソル総合研究所の「労働市場の未来推計2030」によると、小売業は2030年には約60万人の人手不足が予測されています。賃金水準の低さが人手不足の主要因であり、最低賃金の上昇に伴い、給料の改定が求められています。
消費者から選ばれるための差別化戦略
(1)消費者から選ばれるための差別化戦略
- 事例:オンラインとオフラインの融合
背景:購入したチャネル比率からみる、実店舗の重要性 - 事例:デジタル活用をとおした接客力・売り場力の向上
背景:小売業におけるデジタライゼーションの浸透 - 事例:社員アイデアを活かした付加価値の向上
背景:消費スタイルの推移からみる、プレミアム消費の拡大
(2)求職者から選ばれるための採用戦略
- 新卒採用:社内の育成環境や社外研修の活用、資格補助制度の充実
- 女性採用:ワークライフバランスを考慮した限定契約制度の設計
- 中途採用:地域別での同業他社の年収調査、公平性を保つ賃金制度の再整備
(3)社員から選ばれるための定着戦略
- 採用後のモチベーション維持:貢献度に応じた納得性の高い人事評価制度の再整備
- 会社帰属意識の醸成:多様な職種ごとのキャリアプランを形成する等級制度の再設計
定着と育成に向けた人事制度の改定事例
A社は、地元野菜やブランド畜肉を活かした生鮮品を強みとするスーパーマーケットです。近年、収益性の悪化や創業メンバーの退職により、経営と人事に大きな課題を抱えました。そこで人事制度を改定し、等級制度、賃金制度、人事評価制度を見直しました。
(1)等級制度の再設計
改定前は等級と役職の定義が曖昧で、同じ役職でも属人的な業務が多かったため、等級と役職を整合させ、役職ごとの役割を明確化しました。また、昇格基準を設定し、社員の昇格意欲を高めるためにキャリアパスを図示化しました。
階層 | 等 級 | 役 職 | 役割基準 | |
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項目 | 定義 | |||
マ ネ ジ メ ン ト層 | 4 等 級 | リーダー | 課統括補佐 | 部門統括責任者の意思決定に基づいて、担当する課の統括補佐を行う。 |
会社・部門方針の浸透 | 経営理念やビジョン、部門方針を、担当するチームの中に理解・浸透させる。 | |||
課目標設定補佐 | 課の統括を補佐し、課長とともに部門方針や部門目標をもとに中期・年度の目標を設定する。 | |||
課目標達成補佐 部門目標達成補佐 | 課長とともに、課の中期・年度の目標を達成するための活動を立案・管理・修正し、目標達成に導きながら、部門の目標達成に向けた活動を補佐する。 | |||
人材育成 | 担当組織の部下に対して適切な目標や役割を与えて指導・評価し、計画的に部下育成を図る。 | |||
3 等級 | チーフ | 課統括支援 | 部門統括責任者の意思決定に基づいて、課長やリーダー等が行う課の統括を支援し、課内の業務を推進する。 | |
方針の浸透・共有 | 経営理念やビジョン、部門方針を組織内に理解・浸透させ、組織内で共有する。 | |||
目標設定・目標達成 | 部門方針に基づきリーダーと一緒にチームの適切な中期・年度の目標を設定する。また、年度目標を達成するための活動を管理し、目標を達成する。 | |||
部下指導・育成・評価 | チームの部下に対して適切な目標や役割を与えて指導・評価し、計画的に部下育成を図る。 |
(2)人事評価制度の再設計
プロセス評価項目を情意、成績、能力の3区分に整理し、等級制度で定義した役割を基に評価項目を設定しました。また、全社業績と部門業績を個人評価に反映させ、社員が組織業績に参画意識を持てるようにしました。
区分 | 評価要素 | 定義 | 着眼点事例 |
---|---|---|---|
情意 | 規律性 | 日常の社内ルールを守ったかどうか。 | 行動理念を実践していたか ルールを守り、安全や秩序の維持に務めていたか 職場の整理整頓、美化に務めていたか |
責任制 | 自分に与えられた仕事をやり遂げようという意欲、姿勢の度合い。 | 報告・連絡・相談を正しく行っていたか 与えられた仕事をやりとげたか 存在理念を意識して自分の役割を理解し行動していたか | |
協調性 | チームの一員として他人の守備範囲をカバーする行動の度合い。 | 自分の仕事に固執するのではなく周囲を見ながら仕事をする事ができたか チームワークを守り、周囲との関係を良好なものに保とうとしたか | |
積極性 | 改善提案、仕事の幅を広げたり深めること、自己啓発などへの意欲と姿勢の度合い。 | 必要な知識、技能を常に習得しようとしていたか 仕事の枠にとらわれず失敗を恐れずにチャレンジ精神を出せたか |
(3)賃金制度の再設計
初任給を地域の相場より上回る金額に設定し、2 ゾーン型の賃金表を導入しました。これにより、昇格意欲を高めるとともに、賃金に対する納得性を高めました。ゾーン型賃金表は、等級内での昇給幅を柔軟に設定できるため、優秀な社員のモチベーションを維持しやすく、また、停滞している社員にも適切なフィードバックを行い、成長を促す仕組みとなっています。これにより、全体の人件費を適正に管理しつつ、個々の貢献度に応じた報酬を実現しています。
(4)効果
制度改定後、応募者数の増加や退職者の減少、評価者と部下のコミュニケーションの向上などが見られました。人事制度の整備は、社員への期待や求める役割を明確にし、企業の成長に寄与するものです。