製造業を取り巻く環境と人事課題

製造業を取り巻く環境と人事課題

製造業において人材を確保・育成できない企業は倒産を免れないと言っても過言ではありません。しかし現状は「求人広告を掲載しても応募が集まらない」「入社してもすぐに退職してしまう」という悩みを抱えている企業が散見され、更に原材料やエネルギー価格高騰などの外部環境が追い打ちとなり、製造業は大変苦しい状況にあります。

また、職人の高齢化での退職にともなうノウハウ消滅や、優秀な技術者が引き抜かれるリスクなどがあり、このような環境下で自社が生き残るためには、人材の確保・育成は最重要テーマとなります。

中小企業製造業だけが業況判断DI(下図)で「業況が悪い(マイナスポイント)」となっており、全産業の従業員が不足している就職売り手市場という状況で、さらに最低賃金の急騰などの外部環境も重なり、人材を確保が難しくなっています。

しかし、業況を回復させるためには、人材の確保が必須であり、採用競争力を強化するためには他社よりも魅力のある賃金水準を設定する必要があります。

業況判断DIの推移
出典:日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(2023年4月)

また、人材を確保(定着)させるためには、自社が目指していることや存在意義を明確化し、社員に求める役割や成長イメージを伝え、上司や同僚などとのコミュニケーションを通じて組織としての価値観を共有することが必要となります。人材に対する自社の考え方を制度化し、適切に制度運用することが人材の確保・育成につながります。

職種別賃金表を導入したA社の改定事例

(1)職種や階層の違いが曖昧な人事制度の実態

A社は全国に10カ所以上の事業所を構え、一般用医薬品及び医療用医薬品の販売を行っています。化学工業・医薬品製造業においては、「研究開発費のコントロール」「遵法性」「品質管理」「安全衛生管理」「環境管理」など様々な課題があり、A社では、会社経営の健全性を確保するための人材育成が課題となっていました。具体的には、賃金表は作成されていましたが等級制度が無く、会社が社員に求めている役割が曖昧で、社員は自分の役割や役職がどのように賃金と連動しているのかが分からない状態でした。

(2)複線型等級制度の導入による社員役割と賃金の整備

階層ごとの役割を明確化するために等級フレームを作成しました。等級フレームには定年後再雇用者の役割も定め、総合・専門・嘱託の3つのコースを設定し、等級に求める役割を記載して、コースと等級の関係性を明確化しました。事務・営業・技能職は総合コース、専門職は専門コースとし、自社の専門性を等級で定義しました。

複線型等級フレーム(概要)

世間相場を参考にして、相場に見劣りしないよう職種ごとの学歴別初任給を設定しました。賃金表は、各等級に求める役割に応じて下限金額と上限金額を設定した、ゾーン型賃金表を作成しました。等級ごとに賃金幅が設定されているので、賃金に対する公平性が高まり、役割と賃金のつながりが明確になりました。

昇給は、職種ごとに等級と評価結果の組み合わせによる昇給金額を作成しました。また、等級に求める役割の違いに基づいて昇給額の等級間格差を定めました。 複線型等級フレームの導入で専門性の高い社員を確保できるようになり、また等級に求める役割が明確になったことで、社員が成長意欲を持って働けるようになりました。

技術力を処遇に反映させたB社の改定事例

(1)社員のスキルアップに向けた制度構築が課題

B社は顧客のニーズに応えながら、高品質の鉄鋼製品を製造販売してきました。製品製造に関する技術レベルが競争力の源泉となっており、自社内にレベルの高い技術者をどのようにして確保・育成するのかが課題となっていました。

(2)技術力の高い社員を処遇するエキスパート認定

電気主任技術者、衛生管理者、防火管理者などの自社にとって必要な資格を挙げて、資格手当を支給していました。しかし、自社にとってスキルの高い社員を処遇するためには、公的な資格をもとに社員を処遇するだけでは不足していると感じていました。

そこで、自社内で実際に行われている業務を洗い出し、業務ごとに等級別習熟度を設定したスキルチェックシートを作成しました。また、上長の推薦も認定基準に取り入れ、認定委員会を立ち上げて審査を行うエキスパート認定制を導入しました。

スキルチェックシート
  • すべての業務を一覧表化
  • 職種ごとに業務の難易度・習得期間に応じて担当するスキルポイントを設定
  • 社員個人ごとの合計ポイントを認定基準の1つとする
エキスパートの認定基準
  • スキルチェックシートの合計ポイント
  • 公的資格に自社で設定したポイントの合計
  • 上長(課長以上)の推薦
エキスパート手当
区分月額(円)
上級エキスパート30,000
エキスパート10,000

エキスパート認定制度の導入でスキルアップに対する社員の意欲が向上し、会社全体の技術力が底上げされて競争力が高まりました。

経営理念を軸に人事評価と育成を行っているC社の事例

(1)求める社員像の欠如により社員の成長が停滞する人事評価

C社は培ってきた設計・加工・組立などの高度な技術にデジタル技術を組み入れて、クライアントの生産工程で抱える様々な課題やニーズに応えてきました。

C社では、自社の技術力を向上し続け、その高度な技術力でお客様の課題解決に挑戦することを経営理念として掲げています。また、行動理念にも技術力向上を社員に求める姿として明記しています。しかし、経営理念や行動理念がどのように人事評価と関連しているのかが社員には伝わりにくい状況でした。

(2)経営理念や行動理念を記載した人事評価表の作成

そこで新たな人事評価表には、技術力の向上を掲げた経営理念をそのまま評価表に記載し、事業計画やプロセス評価などとの関係性を明確化しました。

新人事評価表(イメージ)

評価結果は昇給や昇進、賞与などの処遇に反映されるため、理念に基づいた社員の行動を支える人事制度は、理念浸透や人材育成に必須の取り組みにといえます。