会計事務所を取り巻く環境と人事制度の重要性

社会全体のデジタル化の進展が会計事務所を取り巻く経営環境を厳しいものにしています。オックスフォード大学の研究発表では、AIの普及により失われる仕事の上位に「税務申告書代行者」「簿記、会計、監査の事務員」が挙げられています。

ホワイ力ラーによる職種で、代替されやすい職業のもっとも高位に財務、会計、経理業務が位置づけられ、公認会計士、税理士も代替されやすいと分類されているのです。

求める役割・職務・成果を明確にしたA事務所の人事制度

(1)期待する人材像とキャリアパスを明示する

会計事務所の業務特性として、税務会計の知識を深めて専門性を高めることが通常のキャリアパスとなり、業務や組織を管理する管理職としての役割を担うキャリアパスを希望する職員は比較的少ない傾向にあります。

そのため、専門職コースと管理職コースを途中で分化させるようなキャリアパスを用意して、事務所に対する多様な貢献を認めることが重要になります。

A事務所でも、専門職コースと管理職(マネジメント)コースを設定し、多様な働き方、貢献のあり方を選択できるようにしました。

A会計事務所における2つのキャリアパス

管理職コースの職員には、組織や業務を管理するとともに事務所の顧問先拡大や業績向上に対する役割を担当させ、専門職コースでは、知識やスキルを外部に対して発信して信用力の向上を求めることにしました。

(2)資格取得、レベルアップに対する意欲を高める

会計事務所の業務は、会計基準や税法などのルールに従って行わなくてはならず、知識の習得が非常に重要なポイントになります。そして、知識の体系的な習得への最短ルートは資格取得にチャレンジすることです。

A事務所では、キャリアパスを明示したことに合わせて、資格へのチャレンジ、レベルアップに向けた取り組みに対する奨励の一環として、資格取得後に毎月支給する資格手当と、資格取得時に労を労う一時金を支給することにしました。

これにより、事務所が取得を期待する資格を職員に示すことにもなりました。

(3)事務所の年度目標と部門・個人の目標を連動させる

職員からのヒアリングでも明らかになった、事務所方針や上司の考えが一般職員にうまく伝わっていない、組織としての一体感がないといった問題を解決するために、事務所の年度経営計画と個人目標に繋がりをもたせることにしました。

A事務所では毎年、経営計画を策定していましたが発表会は行わず、作られた経営計画書を部門単位での読み合わせを行うだけにとどまっていました。

そこで、今回の制度改定においては、年度経営計画を策定し、部門目標を達成するために、部門を構成する各メンバーが個人としてどのように貢献できるか、個人目標と行動計画を立案することにしました。

そのうえで、経営計画発表会では、全員が個人目標を発表することにしました。このような取り組みを通して、事務所と管理職、一般職の目標の連鎖を作り出すこと、管理職と一般職が目標設定プロセスを通した対話をする機会を創出していったのです。

(4)上司と部下の対話の場を創出する

経営計画策定のプロセスにおける管理職と一般職の目標の擦り合わせだけでなく、日常的なコミュニケーション不足を解消し、職員のキャリアアップを上司がサポートするための仕掛けづくりにも留意しました。

そのために、毎月最低1回は1on1面談を実施することにしました。

面談のテーマは、上司が押し付けるものではなく、部下が相談したいこと、話したいことを中心に行うこととしました。

業績向上・職員定着化を目指したA事務所の賃金制度

(1)成果に対するインセンティブを付与し稼ぐ意識を高める

A事務所の最大の課題は、停滞気味であった業績をいかに上向きに反転させていくかということでした。月例給与の構成は下図のとおりで、固定給90%に変動給与10%が新たに加算されるようなイメージでインセンティブを構成しました。

月例給のイメージ

(2)毎年の昇給額を魅力的なものにする

従来の昇給については、毎年の昇給額が低く抑えられており、上位役職(等級)に昇進(昇格)した際に数万円の大きな昇給が行われる方式がとられていました。

事務所経営安定化の視点からは望ましい方式であったものの、職員の立場からすると決して望ましいものではなく、「給与が上がらない」「給与(年収)が低い」といった不満や不安につながり、30歳前後の結婚適齢期の職員の離職や、中途採用が思うように進まないといった問題を抱えていました。

そこで、今回の制度改定では、従来の昇進時昇給額の50%程度を毎年の昇給額に振り替えることを決め、給与アップを実感できるような基本給体系への移行を図りました。

(3)人事評価結果による昇給・賞与にメリハリをつける

これまでの制度は、人事評価は行われていたものの、昇給額、賞与額の差があまりつかず、横並びかつ、年功的なものになっていました。

そこで今回の制度改定では、以下のように人事評価表を全面的に見直し、階層別、部門別に期待する行動基準、能力、仕事振り、業績貢献、個人目標を人事評価項目の中に多面的に取り入れ、頑張っている職員、貢献度の高い職員が、処遇面でも報われるような仕組みに変更しました。

人事評価体系

人事評価を構成する大項目は、プロセス評価(情意、成績、能力)、部門別階層別の業績評価、個人目標の3項目としました。大きなポイントは、個人目標(目標管理制度)を取り入れたことです。

これまでの人事評価は、事務所独自で考えたものではなく、一般的な人事評価表の転用であり、事務所の業務内容、特性にマッチしたものでなかったため、それを使用して処遇に大きく差をつけることには無理がありました。

そこで今回は、経営幹部が徹底的に議論を重ね、職員にも自信を持って開示できるA事務所オリジナルの人事評価表を作り上げていったのです。

人事評価表の例 一部抜粋