2024年4月からトラック運転者の時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間となりました。また、臨時的な特別な事情があって労使が合意する場合であっても、時間外労働の上限は年960時間となります。上限規制に違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
時間外労働の上限規制の導入により、時間外労働の多い企業では、当然ドライバーの労働時間を減少させる必要があります。しかしながら、下記のグラフからもわかるように貨物自動車運転者の有効求人倍率は、全職業の2倍近い状況となっています。時間外労働をカバーするには当然、新たなドライバーを確保するか、取り扱う物量そのものを減らすしかありませんが、後者にあっては収益の減少に直結してしまいます。
出典:厚生労働省「一般職業紹介状況」
ドライバ―職が敬遠される運送業の賃金実態
(1)他産業に見劣りする賃金水準
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、ドライバーの賃金水準は全産業平均よりも約14%も低い結果となっています。その背景には道路貨物運送業界での運賃の低価格化があり、そのしわ寄せがドライバーの低賃金化につながっていることが考えられます。
(2)時間外手当の比重が高く、不安定な賃金体系
ドライバ―の賃金体系は、時間外手当が大きなウェイトを占めており、時間外手当への影響を最小限にするために、基本給を抑えている企業が多いのが実情です。
したがって、時間外労働を削減しただけで賃金制度そのものは手づかずであった場合、賃金減少幅は一段と大きくなる可能性があります。
時間外労働に依存した賃金体系のまま時間外労働の削減を図ると、手取りが大幅に減少してしまうため、基本給の引き上げなどの賃金体系の抜本的な見直しが必要となります。
人材引き抜きを防いだ中堅運送事業者の人事制度改定事例
(1)A社が人事制度改定を決断したきっかけ
A社は、約15年前に導入した人事制度を運用してきましたが、賃金は勤続年数によって決定する基本給、時間外労働60時間分を含めた固定残業手当、役職手当、および賞与で構成されています。基本給の1時間当たりの賃金は、最低賃金を少し上回る程度からスタートするように設計されており、最低賃金並みの低い水準となっていました。
近年、同業者同士の人材の引き抜き合戦が活発化している状況があり、A社としても人材流出を避け、業界内で勝ち残るためにも、賃金水準の引き上げは、喫緊の課題となっていました。
また、A社には、人事評価制度がなく、貢献度を処遇面に反映できない状態であったことも問題となっていました。このような現状を打破するために、人事制度改定に踏み切りました。
- 時間外労働削減への対応による固定残業代の削減
- 固定残業代削減により年収減少による人材引き抜き防止
- 他業界と比較して見劣りする基本給の引き上げ
- 評価制度導入による社員の意欲向上
(2)業界での勝ち残りを賭けた人事制度改定方針
賃金水準の見直しについては、年功的な人事制度の見直しを図ることを基本方針として、具体的には、賃金の決定根拠となる等級制度構築、基本給水準の引き上げ、育成強化を図るための人事評価制度導入を目指しました。人事制度改定方針については、以下のとおりです。
- 複線型等級制度を導入し、社員の職責を等級基準に明記
- マネジメント業務を担う社員と現業業務に特化する賃金水準に格差をつける
- 時間外労働削減と合わせて、時間外手当が削減しても年収削減への影響を最小限とする
- 評価制度を導入し、社員のプロセスを評価し、昇給・賞与へ反映させる
- 上記制度改定の結果、労働分配率は、直近年度の51%から多少の上昇は許容範囲とする
人事制度改定の効果と今後の課題
人事制度の見直しにより、社員に期待する職務基準が明確になったことや賃金水準の是正などを図ることができました。
等級制度や人事評価制度導入により、役割基準、人事評価基準を明示することで、ドライバーへの期待像を明示することができたとともに、ドライバー一人ひとりが何をするべきであるのかが明確になったことで、社員の意欲向上にもつながりました。
賃金制度改定による労働分配率の上昇率は、最小限にとどめることができました。
- 社員への期待像を示すことができ、それぞれの役割が明確化
- 定期面談と評価のフィードバックによる社員の意欲が向上
- 時間外労働が削減しても賃金水準の大幅削減は回避できた
- 労働分配率2%上昇程度にとどまり経営への影響を最小限にとどめた
人事制度の仕組みが整い、社員の定着、意欲向上については、効果が上がりました。
今後は、これまで不十分であった社員教育や職場環境整備などについての取り組みを課題に挙げています。
- 社員研修による人材育成
- 働きやすい職場環境整備
- 社員とのコミュニケーションの機会の確保