対応が急務となっている建設業の人材不足問題

対応が急務となっている建設業の人材不足問題

建設業では2025年に約90万人の労働人口が不足すると言われており、いわゆる建設業における2025年問題として大きく取り上げられています。

建設業の2025年問題にみる人材不足に関する課題
  • 建設需要の増加と時間外上限規制による業界全体の人手不足
  • 同業者のヘッドハンティングや高齢化による引退が起こす、技術者・現場管理者の不足
  • 3K(きつい、汚い、危険)に見合わない処遇による、人材の業界離れ

(1)建設需要の増加と時間外上限規制による影響

建設需要(建設投資額)は回復傾向にあります。一方で、建設業の就業者数はピーク時の平成9年度から約28%減少しています。さらに、罰則つきの時間外上限規制が中小企業でも開始となったことから、就業者数の減少は建設業界の人手不足に拍車をかけています。

■時間外労働の上限規制におけるポイント
  • 時間外労働の上限は、原則月45時間、年360時間まで
  • 特別条項を締結する場合は以下のとおり
    • 時間外労働が年720時間以内、時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、時間外労働と休日労働の合計について「2ヶ月平均〜6ヶ月平均」まで全て1ヶ月あたり80時間以内、時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6回まで
    • 違反の場合は罰則の対象(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)

(2)同業者の引き抜きや高齢化による技術者・現場管理者の不足

建設業界では、需要は増加傾向にあるものの、工事を受注しきれないといった現象が発生しています。その背景には技術者や、現場管理をできる経験のある社員が高齢化により大量に引退するなどして不足することがあげられます。

そのため、同業者のヘッドハンティングにより、60歳前後の技術者が引き抜かれることなどが実際に発生しており、人手不足により工事を受注できず業績が衰退する大きな一因となっています。

(3)3Kに見合わない処遇による、人材の業界離れ

建設業界の労働環境に対するイメージとしては、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)に見合わない処遇という認識が広まっており、それが人材の建設業界離れに拍車をかけています。

建設業の人事処遇制度によく見られる課題
  • 基本給は最低賃金換算の水準で、時間外手当で稼がざるを得ない
  • 人事評価の内容が不透明、または導入されていない
  • 定期昇給や賞与が人事評価結果と連動していない
  • 40代半ば以降、賃金がほとんど上昇しない
  • 60歳以降、再雇用により年収が大幅に下がる

これらのことから、役割や職務に見合った処遇、人事評価制度の導入、60歳以降の賃金水準の確保、熟練者のモチベーションを維持する活躍の場(役割)を用意することが、同業者との人材獲得競争に勝ち抜き、熟練した技術者の確保につながる重要な対策となります。

人材流出を防いだ中堅建設業A社の改定事例

(1)業績順調にも関わらず人材流出が続く中堅建設業

A社は建設業ランクAの中堅企業で、売上高約25億円の内訳は土木工事:建築工事:解体工事=5:3:2の割合です。近年、土木および解体工事への需要は業界の流れと同様、増加傾向にありました。

しかしながら、人材不足により工事を受注したくても受注できなくなるという状況に経営者は強い不安を抱いていました。

A社の人材確保に関する悩み
  • 直近3年における同業他社の引き抜きが4名(45~60歳で現場管理者中心)
  • ヘッドハンティング先には、明確な人事処遇制度があり、高待遇および休日も確保
  • 5年以内に70歳を迎える現場管理者、現場作業員が11名(社員の10%以上)
  • 自社の人事制度は、その都度経営判断
  • 自社の賃金水準は同業他社を若干下回る水準
  • 所定内給与は生計費の水準より低く、時間外手当が多い
  • 工事需要が拡大しており業績は順調だが、人手不足により今後受注し切れなくなる

(2)人材の流出を防止し新たな人材を獲得するための課題

人材を確保して業績を順調に伸ばし続けるためには、同業他社と比較して社員が魅力的に感じる待遇、および社員の育成を後押しして人材の質を高める環境を確保するためA社における人事制度上の課題を解決する必要があります。

A社における人事制度上の課題
1. 同業水準や世間相場より低い賃金
  • 同業同規模の賃金水準を下回る賃金水準
  • 標準的な生計費を下回る賃金水準
  • 最低賃金換算と同等の基本給(初任給)水準
2. 長時間労働による時間外手当や年齢で給与水準が決まる賃金構造
  • 時間外手当偏重型の賃金構造
  • 人事評価ではなく年齢で給与が決まる年功的な賃金体系
  • 60歳定年後は賃金が6~7割に減少する再雇用制度
3. 目指すべき方向が見えない人材育成制度
  • 階層別の役割や責任が不明確なため、目指すべき方向が不明な人事コース
  • 経営判断により基準が不明確な人事評価制度
  • 施工管理や工事に必要な資格取得を奨励する制度がない

(3)待遇の改善と人材育成に主眼を置いた人事制度改定方針

A社は人材の確保を最重要課題として捉え、賃金制度の改善と人材の質を高める育成制度を確立するため、以下の改定方針を提案しました。

A社の人事制度改定方針
1. 同業水準・標準的な生計費を上回る賃金水準の実現
  • 同業同規模水準を上回る賃金水準とする
  • 標準的な生計費を上回る賃金水準とする
  • 同業他社を上回る初任給水準とする
2. 職務と役割に応じた基本給をメインとした賃金構造とする
  • 長時間労働を是正し、基本給をメインとした賃金構造とする
  • 役割や責任に応じた基本給表・昇給表を導入
  • 現場管理者と現場作業員の処遇の差を設定
  • 定年延長対応を行い、60歳以降も役割や技能に応じた賃金水準を確保する
3. 人材の育成を後押しする人材育成制度
  • 複線型の等級制度を導入し、社員が目指すべき方向を明示する
  • 人事評価制度の内容と基準を見直し、社員に自身の成長課題を認識させる
  • 資格取得を奨励するため、取得費用の補助、取得後に支給する資格手当制度を導入する

(4)同業水準・標準的な生計費を上回る賃金水準と賃金構造

A社は自社の現状を踏まえて当社の提案を受け、人材確保に向けて人事制度を抜本的に見直しました。

A社の新人事制度改定概要
1. 賃金水準のUPと職務・役割に応じた賃金構造
  • 業界水準、標準的な生計費を上回る基本給水準
  • 役割や責任、職種に応じた基本給水準
  • 上位役割等級ほど基本給水準が高く、人事評価結果に応じて定期昇給額が増減
2. 定年延長対応による60歳以降の賃金水準の見直し
  • 65歳までの定年延長対応
  • 60歳~65歳までの社員身分を正社員(非嘱託社員)
  • 60歳以降の年収は、59歳時の年収水準を維持
  • 60歳以降は定期昇給を行わない(人件費増大の抑制)
3. 複線型等級制度を導入し、社員が目指すべき方向を明示
  • 等級別に役割を明示
  • 上位等級への昇格は、後述の人事評価結果に応じた昇格基準による
  • 社員が目指すべき姿を明示
4. 職務・役割基準の人事評価結果を処遇に反映する
  • 評価項目や評価基準が明確になり、社員が目指すべき方向が示された
  • 等級制度の役割に連動した評価基準により、より良い評価を受けるためにどうすべきかが明確になった
  • 人事評価の項目は、管理職、現場管理者は運用が難しい目標管理を採用し、現場作業員はシンプルなプロセス評価のみを採用
  • 面談は年1回から月1回に増やし、上司と部下のコミュニケーション機会を拡大

人事制度改定後の効果と社員の声

A社では人事制度を抜本的に見直し、人手不足に関する対策を講じました。さらに、新人事制度の運用を開始する前には、社員説明会を開催して社員の人事制度に対する理解を深め、人事評価者の評価訓練も実施するなど、運用面の準備も入念に行いました。結果、以下の効果や社員の声があがっています。

人事処遇制度改定後に見られた効果
  • 熟練した技術者の退職が、運用開始後約2年間0人となった
    ※ヘッドハンターによるアプローチは数名にあったが、転職に至らなかった
  • 業界水準、標準的な生計費を上回る賃金水準を実現できた
  • 仕事内容や役割、人事評価結果によって、賃金差を明確につけることができた
  • 定期昇給の際、評価結果と連動した賃金表、昇給表を使用するため迷うことなく決定できた
  • 賞与決定の際、評価結果と連動した支給とするため迷うことなく決定できた
  • 社員の賃金について質問を受けた際、新制度に則り明確に回答することができた
人事処遇制度改定後の社員の声
  • 新制度移行により、給与がUPした:全体、特に現場管理者
  • 上位等級に上がるための基準がわかり、上を目指しやすくなった:全体
  • 自身の給与の決定基準(賃金表、昇給表、人事評価)が透明化され、納得感が高まった:全体
  • 人事評価の基準が明示され、人事評価結果に納得できるようになった:若手~中堅社員
  • 60歳以降も正社員として給与を受けられるため、老後の選択肢が増えた:熟練した技術者