中小企業にもできる簡単な動的人材ポートフォリオの考え方

中小企業では、大企業ほど精緻な人材マネジメントが求められませんが、今日話題の動的人材ポートフォリオによる人員予測は、企業の持続可能性において重要です。それは、中小企業は、大企業と比べて1名~数名単位の流出でも企業に与える影響が大きいからです。特に、コア人材や、余人をもって代えがたいスペシャリスト人材、さらにはオペレーター人材でも1人で暗黙知的に広い業務を行っている人材の流出は、企業の運営に重大な影響を及ぼすことがあります。

本コラムでは等級制度が整っていない中小企業でも「簡単に取り組むことができる動的人材ポートフォリオの考え方」を紹介します。

人材ポートフォリオの分類

まず、自社の役職者と非役職者を役職とスキルレベルで分類します。その後に一般的な人材ポートフォリオの各分類「オペレーター」「スペシャリスト」「マネージャー」「コア」のいずれに分類されるかを検討します。「オペレーター」は、基本的な業務を担当し、「スペシャリスト」は特定の専門スキルを持つ役割を担います。「マネージャー」はチームやプロジェクトを統括し、「コア」は企業の戦略的な決定に関与する重要な役割を果たします。この分類に当てはめを行うことで、企業内の人材構成の大枠を把握し、適切なリソース配分を粗く考えることに役立ちます。

図1:一般的な人材ポートフォリオ(以下に現状の役職をあてはめる)

充足・不足状況、代替可能性の検討

次に、分類したポートフォリオ別に余剰・適性・不足状況と代替可能性を検討します。ここで重要であるのはポートフォリオに紐づいた質的な面での量を捉え、包括的に施策検討していくことです。

代替施策の例は、例えば「オペレーター」の業務が標準化、マニュアル化されている場合、アルバイト・パート・派遣などの非正規社員での置き換えることが比較的容易であるため、そのような代替施策が一般的です。

「スペシャリスト」については、技術を持つ定年後の嘱託社員の活用や、更に専門的な業務については一部をその年齢を超えた社員に委任契約することや、外部フリーランスの専門家によって補完することもあり得ます。また中小企業にありがちな、特定のプロジェクトや期間限定での業務には契約社員の活用も有効です。最重要である「コア」の役割が不足している場合、急務として外部ヘッドハンティングを通じて即戦力となる人材を獲得することもありえます。これにより、企業の競争力を維持しつつ、今後必要なスキルセット確保まで考えていくことができます。

図2:人材ポートフォリオに基づき、代替施策を検討

現状とあるべき人数の分析

上記の代替施策も踏まえた上で、現在の役職者、非役職者、非正規社員の人数を詳細に分類把握し、理想的な人数とのギャップを分析します。~50名程度の小規模企業においては、各人数規模が数名程度となり現実的な検討にならないことからポートフォリオ別の人数を分類しても良いでしょう。

このプロセスでは、企業の短期(1~3年)および長期(5~10年後)の大枠の目標を考慮して人数検討をします。例えば、事業拡大を目指す場合、新規プロジェクトを推進するためのプロジェクトマネージャーや技術スペシャリストの増員が必要となるかもしれません。

人員なりゆきシミュレーション

現実性を担保するために過去の入職率(%)、離職率(%)、昇格率(%)、雇用区分変更(%)などの遷移率を基に、将来の人員変動をシミュレーションします。

このシミュレーションでは、なりゆきで推移した人員の出入りや昇格を考慮し、その場合「将来的にどのポジションでどれだけの人材が必要か。」の予測の制度を高めることができます。

以下は、100名程度の1事業から成り立つ企業でのなりゆきシミュレーションの例です。この規模くらいまでは部門別まで検討しても人数単位が細かくなりすぎ、遷移率も適正と言えないため役職・スキル別の全社の粒度で良いと考えます。ただし規模が大きくなるほど部門別など区分のメッシュは細かく検討できるようになります。

図3:企業における~N年度のなりゆき人員シミュレーション

具体的なギャップの補填計画

ギャップ分析とシミュレーション結果を基に、必要な補充人数を算出し、リソース補充の具体的な計画を立てます。この際には、役職間のリソースシフトなども幅広く検討するべきです(※部門別に分析を行う場合は部署間等も)。

また前述の通り、正社員以外の活用も重要です。「オペレーター」については、短期間での補充が可能なため、季節的な需要増に対する対応が比較的容易です。

逆に「マネージャー」、「コア」のポジションは企業の将来を左右するため、慎重にその補填方法を選定する必要があります。その検討には内部育成プログラムを通じた昇進や、人材要件を明確に定めた上での外部からの採用が効果的です。

特に、企業の成長戦略に直結する重要な役職(主に「コア」)については、内部が難しい外部から高いスキルセットを持つ人材の採用を検討することが求められ、その採用に耐えうる賃金レンジなども今後の施策としては必要になってくる可能性もあります。

さらに検討するべき事項

とはいえ、役職の成果責任や遂行責任、スキルごとの職務やその難易度など質的面の定義がされていない場合は、上記の動的人材ポートフォリオの検討は、無意味に終わってしまうことも少なくありません。

この動的人材ポートフォリオを効果的に活用するためには、中小企業に必要な一定程度の柔軟性(異動や職務兼任の柔軟性が主)を残した比較的粗めの粒度の職務・役割型の等級制度を導入し、各役職に求められるスキル、遂行責任、成果責任を明確にすることが役立つと考えます。

ただし、職務・役割等級制度を入れる場合には、賃金の維持を目的とした不要な役職や役割等級を設けることは避けるべきです。

代表的な例でいうと〇〇補佐などが該当することが多いです、役職「〇〇」が全体をマネジメントするのみ組織が成り立っているのに、新たに役割を作りだしてしまうことは無駄な業務を増やしていることと同様です。

〇〇補佐を例に挙げましたが、上記のように組織が回る場合は、リーダー職も不要な場合があります(ただし、課長の負荷などが異常に高く、マネジメントが成り立たない場合は必要です)

つまり業務の実態~目指す組織体制・経営計画に合わせた適切な職務・役割型等級制度の整備が、適材適所の人材配置とその動的な検討を可能にします。

また等級制度以外にも、自社のコンピテンシーに基づく評価結果から抜擢昇格などを行い、社員の能力開発を促進することなどの幅広い施策展開も検討の範囲に入ります。あわせて、現状役割をしっかり担えていない役職者を。評価に基づき速やかに適正なポジションに配置すること降格制度を整備することで、組織の効率性や人件費上昇圧力をコントロールすることも可能です。

今日では中小企業でも経営計画に基づいて必要な人材を定義し、それに応じた職務・役割型の等級制度を導入することが重要性を増してきています。この等級制度を基に、コア業務への負荷を考慮しながらも半年~年単位ごとに動的人材ポートフォリオを活用し、社内の人材の量・質の両方を管理する仕組みを構築することも重要でしょう。

これは、計画的な人材採用・育成・人事異動・新陳代謝を行い、企業が今日の競争の激しい市場環境で生き残っていくための基盤を築くことに繋がります。