人事制度は、企業が事業を推進するために必要な考え方を、人的な側面に焦点をあてて仕組み化したものです。そしてこの人事制度は、企業の戦略や外部環境の変化への対応、社員の働きがいや組織の競争力を高めるために、適宜見直しを行うべきものです。しかし、適切なプロセスを踏むことなく人事制度改定を進めてしまうと、期待した効果が得られず、社員の混乱や不満を引き起こす可能性があります。
そこで今回は、人事制度を改定するにあたって最初に行うべきことと、その際に意識すべきポイントを詳しく解説します。
現状分析
人事制度の改定を成功させるためには、徹底した現状分析の実施が欠かせません。
理由は、現状を知らなければ、何をどのように変えていくかの方向性が定められないため、かつ、誤った認識で制度構築を進めかねないためです。例えば、先に時間をかけて目標や改定テーマを定めた場合、すでに出来ているものや問題ない点が分析の結果として出てくる可能性があり、考える必要のなかったものが目標の中に含まれてしまうことが起こり得ます。場合によっては制度改定により状況を悪化させてしまいかねません。そのため、まずは現状分析から始める、ということになります。
具体的に現状分析では、定量的なデータと定性的な情報を組み合わせて、制度の有効性や課題を明確にします。その際は、人事制度として全体感を見るだけでなく、評価制度、報酬体系、キャリアパスなど、あらゆる側面や個別項目別の分析が必要です。
定量分析、定性分析それぞれの例を紹介します。
①定量分析
ここでは、自社の人事制度がどのように機能しているかを客観的に把握するために、実際に生じた定量的な指標を用いて分析を行います。定量分析を行うことで、社内で実際に起きている問題を明らかにし、制度改定の方向性を明確にすることができます。
定量分析の項目例を紹介します。
■定量分析項目例
・総額人件費分析 ・賃金実績(基本給、所定内賃金、所定外賃金、賞与、退職金等)分析
・昇降格率分析 ・採用関連分析 ・社員定着率 ・教育や育成状況の分析
②定性分析
ここでは、数値では表せないが、人事制度や自社内における各組織の状態を理解するために重要な要素を、質的な情報として収集・分析します。定性分析を通して、社員の感情や意識、組織文化、業務プロセスになど、目には見えづらい問題を明らかにすることができます。
定性分析の項目例を紹介します。
■定性分析項目例
・人事制度の信頼度調査 ・人事評価結果分析 ・制度運用の実態調査(福利厚生等)
・キャリアパスの理解度調査 ・社員満足度調査 ・意識ギャップ調査
③ベンチマーク調査
同業他社や業界標準との比較も行い、自社の制度が競争力を持っているかを評価します。これにより、外部環境の中で自社の位置づけを客観的に理解できるようになります。
■ポイント
『現状分析の深さが、制度改定の成功を左右する』
定量分析と定性分析を組み合わせることで、多角的な視点から現行制度の問題点を洗い出します。また、経営陣だけでなく、現場社員の声も分析対象とすることで、実効性が高く、納得感ある改定案に繋げることができます。
改定の目的を明確にする
現状を把握した後は、「なぜ人事制度を改定するのか」という目的を明確にすることが次のステップです。目的が曖昧なままでは、制度の方向性がブレてしまい、社員からの理解や支持を得にくくなります。
①戦略的目標の達成
特に意識したいのは、経営戦略と人事制度がリンクしているかという点です。例えば、「優秀な人材の確保と定着率向上」「イノベーションを促進する組織風土の醸成」など、組織が中長期的に目指す姿や、取るべき戦略に基づき、その達成に繋げる仕組み作りであることを改定目的として設定します。
②社員のニーズとのバランス
組織の目標に加えて、社員が自身のキャリアを描きやすい制度を作ることも必要です。社員が納得できる制度でなければ、更なるモチベーション向上を引き出すことは難しいでしょう。
■ポイント
『目的は戦略に基づいてより具体的に定めるのが好ましい。かつ、目標値も決めておく』
上記の通り、『戦略とリンクした人事制度』であることが望ましいため、設計時には戦略に基づいていなければなりません。そして、後々見直すことは起こり得ますが、この時点で目標を定めておくことで、一定程度目的意識が揃った状態で制度構築を進めることが可能になります。
そして、制度改定の成果を具体的な目標値として設定し、新たな人事制度が目指す地点を明確にします。ここで具体的な目標値を定めることが出来れば、運用開始以降の定点観測で確認する視点や、再改定個所の洗い出しが比較的容易に行うことが可能となります。
利害関係者の意見を収集し、巻き込む
人事制度改定は企業全体に影響を及ぼすため、利害関係者を早い段階で巻き込むことが必要です。特に経営層の理解と支持は不可欠であり、これがないと人事制度改定の推進が難しく、場合によっては全く進められないことになります。
①経営陣との協議
経営陣と改定の目的やメリットを共有し、経営陣の視点からのアドバイスや意見を収集します。これにより、人事制度改定が組織戦略において必要性があるのか、進むべき方向性が合致しているのかが確認できます。
②管理職との連携
日々の業務を通じて社員のマネジメントを担う管理職の意見も、非常に貴重です。現場の課題や制度が実務にどのように影響するかを理解することで、実効性のある制度設計が可能になります。
③社員の声を反映
また、人事制度の直接的な対象である、社員の意見を集めることも重要です。特に、新しい制度に対する期待や不安を事前に把握することで、会社と社員の認識のズレがない制度構築が可能になります。
■ポイント
『連動性と透明性を意識する』
新たな人事制度が一方的に作られている印象を与えないようにするために、経営層から社員のそれぞれの声を反映させる、連動性を忘れてはなりません。また、どの部分に社員の声を反映させ、どのような仕組み作りが進んでいるのかが、社員からしても分かりやすい状態になっている、透明性の担保も欠かせません。それらを実現するためには、社内のコミュニケーションを円滑にし、協力的な環境を構築することが大切です。
市場調査と外部の専門知識を活用する
変化が激しい現代のビジネス環境において競争力を保つためには、市場調査と人事制度のトレンドを抑えている専門的な知見が必要です。
①トレンド把握
他社事例や業界トレンドを調査し、制度のベストプラクティスを参考にします。例えば、リモートワークに対応した評価制度や、多様なキャリアパスを提供する制度設計などが注目されています。
②法規制の確認
労働法や労働基準法など、法的要件を満たしているかをしっかり確認します。これにより、新たな人事制度が法的に問題ないかを事前に確かめられます。
③外部専門家の活用
人事制度の専門コンサルタントに助言を求めることで、より精緻な制度設計が可能になります。また、外部の視点を取り入れることで、見落としやバイアスを防ぐことができます。
■ポイント
『最新情報と専門知識の融合』
外部の知見を積極的に活用し、自社の課題に合った最適な制度を構築する。法律の改正や市場の変化にも迅速に対応できる柔軟性を持つことが求められます。
人事制度改定に向けた全体の計画を策定する
人事制度改定に向けた全体の計画は、プロジェクトの成功を左右する非常に重要な要素です。プロジェクトの詳細スケジュール、役割分担、進捗管理の方法を具体的に策定します。
スケジュールの明確化
人事制度改定プロジェクトをフェーズごとに分け、それぞれの段階で達成すべき目標を設定します。最初にマイルストーンを明確にすることで、進捗を管理しやすくなります。
①予算管理
人事制度改定にはコストがかかることもあるため、予算計画をしっかり立て、必要なリソースを確保します。無駄を省きつつも、効果的な施策には十分な投資を行うことが大切です。
ただし、ここで言う予算には制度改定に伴う人件費上昇は盛り込まず、あくまで『人事制度改定プロジェクトの推進に関する予算』に限定しなければなりません。
これは、例えば賃金移行に伴う人件費上昇額は策定後でないと見えない費用であり、かつ、改定するという行為そのものに掛かる費用ではありません。これらを全て予算として合算してしまうと、過剰な圧迫感から制度改定自体が認められない、という望まない結果になりかねません。そのため、制度改定そのものに掛かり、予め管理すべき予算なのか、制度改定後に生じる予測不能な予算なのか、切り分けて管理を行ってください。
②リスク管理
制度改定に伴うリスクを事前に洗い出し、リスクが顕在化した場合の対策を視野に入れます。例えば、社員からの反発や予期せぬ問題が発生することを想定されるようであれば、制度改定に並行して対応策を考えることも必要になります。
③社員への伝え方
制度改定は全社員に影響を及ぼすため、周知方法も重要です。改定の意図やメリットを分かりやすく説明し、社員の理解を深める施策を用意します。説明会の開催や、FAQの作成などが有効です。
■ポイント
『計画の細部までこだわる』
スケジュールと予算の両面から管理し、計画通りにプロジェクトが進むようにすることが重要です。そして進捗状況を定期的に見直し、必要に応じて計画を修正する柔軟性を持つことが大切です。また、何を行うにもリスクは伴うため、どのようなリスクが起こりうるのかを考えておくことも重要です。
まとめ
人事制度の改定は、企業の未来を左右する大きなプロジェクトです。その成否は、最初の準備段階でどれだけ緻密に計画を立て、関係者を巻き込んで進められるかにかかっています。
まず重要になるのが現状分析です。現状を正確に、かつ、関係者がしっかりと把握しなければ、正しい目的や目標を定めることはできません。そのため、様々な指標を用い、出来る限り視点の漏れが無いよう分析を行ってください。
そして、その分析結果をもとにして、人事制度改定の目的を明確にし、どのように改定を進めるかの方向性を定め、可能であれば目標値まで予め決めた上で、慎重かつ戦略的に進めることによって、社員が働きやすく、組織の成長を後押しする人事制度改定に至れると考えています。
人事制度改定の必要性は感じており、社内で進めていこうと考えられている場合にも、改めて専門家の意見を聞いてみることや、事前にさらに深く情報を収集して臨むことも、より良い改定に至るためには有効ではないでしょうか。
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