モデル賃金とは
モデル賃金とは、従業員の標準的な昇格年数やキャリアパスに沿って、給与の増減を示す賃金試算表です。モデル賃金を基に賃金制度を構築することにより、公平な給与推移を明確にし、将来的な人件費の予測や管理を効率的に行うことができます。
このコラムでは、モデル賃金の作成をとおして、賃金テーブルを適正に見直す方法を解説します。
モデル賃金が必要になってきた背景
(1)賃上げの社会的要請
近年、賃金引き上げの圧力が社会的に高まっています。特に日本では、長引くデフレからの脱却を目指し、政府や企業団体が賃上げを推奨しています。しかし、単純な賃上げでは、従業員間の公平性を保てず、将来的には納得感が低下する可能性があります。そこで、モデル賃金のような明確な賃金試算表を基に賃金制度を見直すことで、合理的かつ透明な昇給基準を確立する必要が高まっています。
(2)労働市場の変化への対応
労働市場は大きく変化しており、リモートワークの普及やフレックスタイムの導入など、多様な働き方が一般化しています。また、グローバル化や技術革新により、特定のスキルや職務に対する需要も増えてきています。こうした労働市場の変化に柔軟に対応するため、職務やスキルに基づいた賃金体系が必要であり、モデル賃金を活用することで、企業は急速に変わる市場ニーズに合わせた適切な賃金テーブルを構築できます。
モデル賃金の作成方法
モデル賃金を作成し、賃金テーブルを適正に見直すための手順を以下に詳しく説明します。
(1)現行の賃金テーブルの分析
まず、現行の賃金テーブルを詳細に分析します。各職務や等級ごとの賃金分布、昇格と昇給のペース、そしてそれに伴う給与の変動を把握します。
このステップでは、以下の項目を確認します。
・各等級の平均給与
・昇給、昇格のタイミングと基準
・賃金体系のバランスや不整合がないか
この分析を通じて、現行の賃金制度がどの部分で最適化されていないか、どの部分でギャップが生じているかを特定します。これがモデル賃金作成の出発点となります。
(2)市場動向の調査
次に、業界全体や競合他社の賃金水準を調査します。市場の賃金水準を確認し、自社の賃金体系が市場とどの程度一致しているかを把握することが重要です。
このステップでは、次のようなデータを収集します。
・同業他社や地域ごとの賃金水準
・業界全体の昇給・昇格の基準
・スキルベースの賃金動向や特定の職務の需要
市場調査を通じて、競争力を持つ賃金体系を確立し、外部からの優秀な人材を引き寄せるための基盤を作ります。なお、市場調査においては政府統計総合窓口(e-Stat)内の「賃金構造基本統計調査」が参考になります。
(3)昇格年数と昇給幅の設定
モデル賃金の作成において最も重要なステップの一つが、昇格年数と昇給幅の設定です。各職務や等級ごとに、標準的な昇格年数と昇給幅を定義し、それを基に賃金テーブルを再設計します。
・昇格年数の設定
どの職務や等級でどのくらいの年数で昇格するのが一般的かを定義します。例えば、スタッフ職では3〜5年で次の等級に昇格すると設定することが考えられます。
・昇給幅の設定
昇格や評価に基づく昇給の幅を設定します。市場や業界の平均を参考にしつつ、各昇格時にどの程度の昇給を行うかを決定します。一般的には、昇格時に10〜15%の昇給を行うケースが多く見られます。
このようにして、従業員のキャリアパスが明確化され、将来的な賃金の推移を見通すことが可能になります。
(4)賃金テーブルの作成
昇格年数や昇給幅を基に、各職務や等級ごとの賃金テーブルを作成します。この賃金テーブルでは、昇格や昇給のタイミングごとに給与がどのように変動するかをシミュレーションします。
テーブルには、次の要素を含めます。
・各等級の基本給
・昇給シミュレーションに基づく昇給後の給与額
・役職手当や職務手当、資格手当などの仕事に対する諸手当
・キャリアパスに応じた長期的な給与推移の見通し
このテーブルを使って、従業員が昇格した際にどのような給与増加が見込まれるか、企業側が長期的にどのように人件費を管理できるかを可視化します。
(5)社内・市場との整合性のチェック
作成した賃金テーブルが、社内の現状や市場の賃金動向と合致しているかを確認します。これにより、内部の公平性を確保しつつ、外部との競争力を保つことができます。また、賃金テーブルが従業員の期待に合っているかも重要な確認事項です。定期的に意識調査を行い、必要に応じてテーブルを調整します。
(6)モデル別のシミュレーション
異なるモデルに基づいて、賃金テーブルをシミュレーションします。例えば、昇格が早い従業員や遅い従業員のケース、また市場環境の変化に伴う賃上げなどの影響をシミュレーションし、将来的なコストや賃金体系の持続可能性を確認します。こうしたシミュレーションにより、企業は将来的なリスクを予測し、適切な賃金戦略を立てることができます。
(7)定期的な見直しと更新
最後に、モデル賃金は市場の変化や企業の成長に合わせて定期的に見直しを行い、必要に応じて更新します。特に市場の賃金動向や企業の業績に応じた修正を加えることで、常に適正な賃金体系を維持します。
モデルのパターン例
モデル賃金を作成する際、各職務に求められる役割と責任に基づいて賃金設計を行うことが重要です。以下に、一般的なスタッフ職、管理職、専門職に求められる役割や責任を考慮したモデル賃金の検討テーマを示します。
(1)スタッフ職コースのモデル賃金
①役割と責任
スタッフ職は、主に日々の業務を確実に遂行し、基礎的なスキルを活かしてチームやプロジェクトの一部を担います。業務の正確さや効率性が求められる一方で、特に新入社員や若手社員にとっては、スキルアップや職務経験の積み重ねが重要です。スタッフ職には、標準的な業務を着実にこなしながら、キャリア初期において成長のための指導やサポートが期待されます。
②モデル賃金の検討テーマ
スタッフ職のモデル賃金は、スキルの習得と職務の習熟度に応じた段階的な昇給が特徴となります。1年目から3年目の基本給は、スキルの習得やチーム内での役割拡大に伴い、22万円から25万円に設定されることが考えられます。さらに、5年目には仕事の効率化や問題解決力が備わることを前提に、25万円から28万円程度への昇給が見込まれます。
このように、スタッフ職は、基礎的な業務を確実にこなす能力に応じて昇給を行う形でモデル賃金を設計し、成長に応じて昇給していく段階的なキャリアパスを反映することが重要です。
(2)管理職コースのモデル賃金
①役割と責任
管理職は、チームや部門の成果を最大化するために、メンバーの管理・指導を行い、業績の達成を目指します。彼らは、組織目標を遂行するリーダーとしての役割が強調され、業績管理や人材育成が重要な責任の一つです。また、問題解決能力や意思決定力も必要であり、会社全体の方向性に貢献できる力が求められます。
②モデル賃金の検討テーマ
管理職のモデル賃金では、マネジメントの成果に応じた賃金が設定されるべきです。例えば、10年目に管理職に昇格した場合、マネージャーとしての役割を担うため、基本給は35万円から40万円に設定されます。その後、業績管理やチームの成果が高まるに連れて、部長職へ昇格し、15年目には45万円から50万円に昇給されることが想定されます。
管理職の賃金設計では、マネジメントのスキルと成果に対する報酬が明確になることが重要です。業績評価をベースにした昇給幅の設定が管理職層のモチベーション向上につながります。
(3)専門職コースのモデル賃金
①役割と責任
専門職は、特定の技術や知識に基づいて専門的な業務を遂行し、企業にとって不可欠なスキルを提供する役割を担います。特に、高度な技術的課題の解決や新しいソリューションの提案、社内でのノウハウの蓄積など、技術的リーダーシップが求められます。専門職は組織内での価値を発揮し続けることが期待され、スキルの深さや実績が評価されるポジションです。
②モデル賃金の検討テーマ
専門職のモデル賃金では、スキルや知識の深度に応じた昇給が行われる形が望まれます。例えば、5年目に高度な専門資格を取得した場合、それに応じて基本給が25万円から30万円に昇給するケースが考えられます。また、プロジェクトリーダーとしての経験や、特定の技術分野での実績に基づき、10年目には35万円から40万円に達するモデル賃金が適用されます。
専門職の賃金設計では、スキルアップや技術的リーダーシップの発揮に対する報酬が明確であり、継続的な自己研鑽を促す設計が重要です。スキルの向上やプロジェクトの成果が賃金に反映される仕組みが、専門職層の意欲向上に寄与します。
まとめ
モデル賃金を設計する際には、各職務に求められる役割や責任を基にした賃金設計が不可欠です。スタッフ職にはスキルの習得と職務の習熟度に応じた昇給が、管理職にはマネジメント成果に基づく昇給が、専門職には技術的な実績やスキルアップに応じた賃金設計がそれぞれ重要となります。
このように、モデル賃金を基に賃金テーブルを見直すことで、企業は公平で持続可能な賃金体系を構築するとともに、多様な労働市場において従業員の採用あるいは成長を促進することができます。