社員の定着率向上は、多くの企業にとって重要な課題です。本コラムでは、社員の定着に影響する福利厚生のうち、企業間の競争力に直結する「法定外福利厚生」に特に焦点を当て、その種類や具体例について解説します。
福利厚生と定着率の関係性
現代の労働市場では、社員が職場を離れる理由が多様化しています。若年層においては、給与だけでなく、仕事のやりがいや働きやすさ、成長機会を重視する傾向が強まっています。一方、ミドル・シニア層では、育児や介護との両立が大きな課題となっています。こういった価値観の違いがある中で、従業員が「この会社で働き続けたい」と感じられる環境を整えることが重要です。福利厚生は、社員が抱える不安や負担を軽減し、職場への満足度を高める重要な手段となります。
(1)福利厚生と定着率の関連性を示すエビデンス
福利厚生と定着率の関係について、多くの調査結果がその有効性を裏付けています。独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によれば、福利厚生に「満足」と回答した社員の定着意向は非常に高く、一方で「不満足」と回答した場合は離職の可能性が著しく高まることが分かっています。また、福利厚生が充実している企業では、離職率が平均よりも20%以上低いというデータもあります。特に法定外福利厚生は企業の独自性を示すため、社員に「自分が大切にされている」という印象を与え、定着率の向上に繋がることが期待できます。
(2)法定外福利厚生が持つ心理的効果
法定外福利厚生は社員にとって単なる経済的なメリットを提供するだけではなく、「心理的安全性」を高める役割を果たします。たとえば、リモートワーク制度の導入により、働き方の柔軟性が向上し、ワークライフバランスが整います。また、メンタルヘルスケアや健康診断の充実は、社員の安心感を高め、結果的に会社へのロイヤルティを強化します。このように、法定外福利厚生は社員の感情面や精神面への影響力も大きいのです。
福利厚生の種類
福利厚生は、社員が安心して働ける環境を整えるための重要な制度です。その中には、法律で企業に義務付けられている法定福利厚生と、企業が独自に提供する法定外福利厚生があります。
■福利厚生の種類
(1)法定福利厚生
健康保険や厚生年金保険、雇用保険、労災保険など、法律で義務付けられた制度。社員の基本的な生活を保障し、すべての企業に同じ基準で適用される。
(2)法定外福利厚生
企業が自主的に提供する制度で、社員の満足度向上や働きやすさの向上を目的としたもの。企業ごとに内容が異なり、差別化や独自性を発揮しやすいのが特徴です。
法定外福利厚生は、社員の多様なニーズに応えるため、以下の7つに分類できます。それぞれの分類について、代表例を挙げながら簡単に説明し、期待される効果を記載します。
■法定外福利厚生の7つの分類
分類 | 福利厚生例 | 福利厚生例の説明 | 期待効果 |
---|---|---|---|
金銭的支援 | 住宅手当 | 社員が住居にかかる費用の一部を企業が負担する制度。 | 社員の経済的負担を軽減し、特に若年層や転勤者の定着率向上が期待できる。 |
交通費補助 | 通勤にかかる交通費を一部または全額支給する制度。 | 社員の通勤環境を改善し、特に地方勤務者や長距離通勤者の負担軽減につながる。 | |
食事手当 | 社員食堂の運営や食事補助を提供する制度。 | 健康的な食生活を支援し、社員の満足度や健康管理意識を向上が期待できる。 | |
健康支援 | 健康診断の充実 | 法定基準以上の健診項目を提供し、疾病の早期発見を目指す施策。 | 社員の健康維持により、病欠や生産性低下を防ぐ。シニア社員の活躍の観点で注目されている。 |
フィットネスジム 利用補助 | スポーツ施設の割引や無料利用を提供する制度。 | 運動習慣の促進により、社員の健康状態やストレス軽減に寄与。リモートワークの普及もあり導入が増えている傾向。 | |
メンタルヘルスケア | ストレスチェックや専門カウンセラーとの面談機会を提供する施策。 | メンタルヘルス不調による離職や休職を防止が期待できる。 | |
キャリア形成支援 | 資格取得支援 | 受験料や教材費の補助、合格時のインセンティブを付与する制度。 | 社員の自己成長を促し、業務スキルの向上による生産性向上が期待できる。 |
語学学習補助 | 英会話教室やオンライン講座の費用負担を行う制度。 | 海外事業への対応力を強化し、グローバル人材の育成が期待できる。 | |
キャリア コンサルティング | 社内外のキャリアカウンセラーと相談する機会を提供する施策。 | 社員のキャリアビジョンを明確にし、長期的な定着意欲を向上が期待できる。 | |
ワークライフ バランス支援 | 育児休暇制度 | 育児中の社員に長期休暇や短時間勤務を提供する制度。 | 法定福利厚生以上に手厚くし、子育て世代の離職防止が期待できる。 |
介護休暇制度 | 家族の介護を行う社員向けの休暇制度。 | 法定福利厚生以上に手厚くし、介護者である社員が安心して働ける環境を提供できる。 | |
在宅勤務制度 | リモートワークの導入で柔軟な働き方をサポートする施策。 | 通勤負担を軽減し、働きやすさと生産性向上を両立が期待できる。 | |
働きやすさ向上 | フレックスタイム制度 | 出退勤時間を自由に選べる制度。 | 社員の生活リズムに合わせた働き方を可能にし、モチベーションを向上に期待できる。 |
短時間勤務制度 | 家庭の事情や健康上の理由でフルタイム勤務が難しい社員に対応する制度。 | 多様なライフステージに合わせた柔軟な働き方を実現し、採用力、定着力に影響する。 | |
カフェテリアプラン | 福利厚生をポイント制で提供し、社員が自由に選択可能な制度。 | 個々のニーズに応じた制度選択を可能にし、社員満足度の継続的な向上が期待できる。 | |
働きがい醸成 | 表彰制度 | 業績や成果を評価し、社員の努力を認める仕組み。 | 社員の自己成長を促進し、長期的なパフォーマンス向上が期待でき社員のモチベーションを高め、業績向上につながることが期待できる。 |
社内イベント | 社員旅行やスポーツ大会を通じてチームビルディングを強化する施策。 | 社員間の結束力を高め、職場内コミュニケーションの活性化や、風通しの良さなどに影響する。 | |
自己啓発支援 | 読書補助やセミナー参加費を支援する制度。 | 社員の自己成長を促進し、長期的なパフォーマンス向上が期待できる。 | |
その他 | 社員割引 | 自社製品やサービスを割引価格で提供する制度。 | 社員のロイヤリティ向上とともに、自社の商品やサービスの認知が拡大する。 |
地域貢献活動支援 | 社員がボランティア活動に参加しやすい環境を整備する施策。 | 社員の社会貢献意識を高め、企業のイメージ向上が期待できる。 | |
社内食堂の特色あるメニュー | 地域特産品や健康志向の料理を提供する社内食堂の運営。 | 社員満足度やリフレッシュ環境の改善、あるいは社員間の話題を提供できる。 |
法定外福利厚生の5つの検討ステップ
法定外福利厚生は、社員満足度や企業価値を高めるだけでなく、企業の採用力や定着率を左右する重要な施策です。しかし、多岐にわたる選択肢の中で「何を導入すべきか」「どう設計すべきか」を迷う企業も多いのではないでしょうか。本章では、法定外福利厚生の導入あるいは改善を検討する第一歩として、具体的かつ実践的な5つのステップを解説します。このステップを参考にすることで、効果的な導入あるいは改定が実現できるはずです。
■具体的な実践例
ステップ1:現状把握:社員のニーズを理解
法廷外福利厚生を検討する際に、最初に行うべきは「社員が本当に何を求めているか」を把握することです。社員の声を聞き、データを収集することで、不要な施策を省き、効果的な制度に集中できます。
■具体的な実践例
・アンケート調査
社員全員を対象にした匿名アンケートを実施します。「希望する福利厚生」や「現在の制度に対する不満」を具体的に聞き出しましょう。
・部署ごとのヒアリング
部署や年齢層ごとに異なるニーズを把握するため、部署単位のヒアリングを実施します。
・既存の制度の利用状況分析
既存の福利厚生の利用データを確認します。例えば、利用率の低い制度を改善や廃止の対象として検討できます。
調査結果をまとめた後、全社員向けに調査の目的と結果を共有すると、透明性が高まり、導入あるいは改定プロセスへの信頼感が得られます。
ステップ2:戦略の明確化:企業の目的と福利厚生の方向性を設定
法定外福利厚生を導入あるいは改定する際には、まず「何を実現したいのか」という企業の目的を明確にする必要があります。目的が不明確だと、施策がばらばらになり、効果が薄れる可能性があります。
■具体的な実践例
・経営課題とのリンク
例えば、「若手社員の離職率が高い」場合には、キャリア形成支援や住宅手当など、若手のライフステージに合った施策を検討します。
・社員層ごとの優先度設定
経営陣、管理職、若手社員、家庭を持つ社員など、それぞれの層に優先される施策を整理します。例えば、時間外勤務が多い場合、「ジムの利用補助」よりも「働きやすさ向上」を優先すべきです。
・トレンドの活用
業界のトレンドや他社事例を調査し、自社に合う施策をピックアップします。
福利厚生を「社員満足度向上」と「採用力向上」の2軸で整理すると、どの施策が目的に適合しているかが明確になります。
ステップ3:選択と設計:優先度に基づき具体的な施策を決定
選択肢を絞り込む際には、「社員ニーズ」と「企業戦略」を基に優先順位を明確にし、コストと期待効果のバランスを取りながら施策を設計します。
■具体的な実践例
・優先順位の明確化
ニーズ調査結果や戦略に基づき、「必須」「推奨」「任意」といった区分で施策を分類します。
・費用対効果のシミュレーション
各施策にかかるコストと期待される効果を比較します。例えば、「新しい研修制度の導入」によるスキル向上効果を定量化します。
・段階的な導入計画
全社導入前に、特定の部署で試験運用(パイロットテスト)を行い、問題点を洗い出します。
すべての施策を一度に実行する必要はありません。効果の大きそうなものから始め、段階的に拡大することでリスクを軽減できます。
ステップ4:実施と周知:社員が利用しやすい環境を整備する
制度を導入する際、社員に制度の内容や利用方法を正確に伝えることが成功の鍵です。周知が不十分だと、制度の利用率が低くなり、せっかくの施策が活用されません。
■具体的な実践例
・説明会の実施
制度の導入背景、内容、利用方法を詳しく説明する場を設けます。特に、新入社員には福利厚生の全体像を伝える機会が効果的です。
・社内ポータルサイトの整備
利用手続きや制度の詳細をいつでも確認できる仕組みを構築します。
・活用例の共有
制度を利用した社員の声や成功事例を共有すると、他の社員も利用しやすくなります。
周知後も利用促進キャンペーンや部門ごとの利用状況ランキングを公開することで、利用率の向上を図ります。
ステップ5:効果測定と改善:継続的に運用を最適化する
導入後は、法定外福利厚生を進化させることが重要です。このステップで最も重要なのは、「継続的に」点検と改善活動を行うことです。社員のニーズや時代の変化とともに陳腐化を未然に防ぐ必要があります。
■具体的な実践例
・利用状況のデータ収集
福利厚生ごとの利用率や社員の反応を定期的に収集します。
・社員満足度調査の実施
定期的に満足度調査を行い、改善点を特定します。
・業界トレンドの分析
他社事例や新しい福利厚生の動向をキャッチアップし、導入を検討します。
毎年1回、福利厚生の総点検を行い、現状に合わなくなった施策の見直しや新たな導入を検討します。
まとめ
法定外福利厚生の検討は、社員のニーズを理解することから始まり、戦略的な選択と設計、徹底した周知、そして継続的な効果測定と改善が必要です。この5つのステップを参考にすれば、福利厚生を単なる制度にとどめず、社員と企業双方にメリットをもたらす重要な経営資源として活用できます。